地上の兎の悪戯

 

地上の兎の悪戯

(1)

「はぁ~」

私は溜息を付く。
私は思わず机を叩いて、そのまま少しだけ涙を零す。
あの時あんな事をしなければ。
この後悔の理由は数時間前のある出来事にあった。


その時私は永遠亭の竹林にいた。
特に夜竹林を歩くと竹と竹の間から差し込む月明かりのおかげで
竹林内は明るく綺麗に見える。
永遠亭周辺の竹林は元々人の住む所ではないので道は整備されておらず、
歩きにくい所だった。
おまけに力強く地面に根付いた竹が沢山あり、
それが迷路になっているせいで、永遠亭から竹林の入り口まで行くのは容易な事ではなかった。
しかし永遠亭の住民は別だった。
全く外に出ようとしない姫様を除き、森の入り口から永遠亭までいける最短距離を知っている。
逆に言えば永遠亭の住民はこのルート以外の道を使わない。
それを利用して私は悪戯を考えた。
目標は鈴仙だ。
鈴仙はもうすぐ帰ってくるので今のうちにルートの途中に落とし穴を仕掛けておく。
落とし穴を掘る事なら大得意で、さりげなく普通の地面の様に隠蔽する事ならもっと得意だ。
手と服が少し泥臭くなってしまったが何とか落とし穴を掘った。
竹林の中で息を潜め私は鈴仙を待った。
向こうから誰かの足音が聞こえてきた。
竹林に隠れた私は少しだけ前の様子を伺うと紫色の髪とウサ耳が見えた。
鈴仙に間違いなかった。
ところがまた竹にまた身を潜めようとした時私は様子がおかしいことに気づいた。
鈴仙は何かを持っていた。
それは夕方の夕日の光を反射した綺麗なガラスの花瓶だった。
その時私はある最悪な考えが思い立った。
しかしそれに気づいたときは遅かった。

「危ない!鈴仙!」

私は力いっぱい叫んだ。
すると鈴仙は声のする方向に振り向いた瞬間。
ドン!パリーン!と言う音が聞こえてきた。
ドンは恐らく落とし穴に落ちた時の音。
パリーンは花瓶が割れた音だったのだろう。
私はすぐに落とし穴の様子を伺った。

「鈴仙.........。」

ガラスの破片で切り傷を負っている。
私は今更大変な事をしてしまった事に気づいた。



続く
(2)
 
その後腕や足を切った鈴仙は落とし穴からあがれなかった。
私には鈴仙を引き上げる力もないので、師匠に助けを呼んだ。
何とか永遠亭まで運ぶことに成功した。
それは良かったのだが、鈴仙は痛みなのか私への怒りなのか何も話そうとしなかった。
私も鈴仙が怒っているのが怖くて何も話せなかった。
ただこんな時に勇気の出せない自分を呪うしかなかった。
 
 
 
これが数時間前の出来事だ。
私は取り返しのつかない事をしてしまったのだと今頃反省していた。
今までなら鈴仙は私が悪戯すると怒って私を追いかけてきた。
その時に鈴仙は当然喋っているのに今日は何も話さなかった。
それは本気で怒っている証拠なのかもしれない。
それにこの悪戯のおかげで鈴仙は大怪我をしているので、
今までの悪戯とは質も違う。
でもこのままウジウジしていても何も始まらない。
私は鈴仙の部屋に行くことにした。
 
永遠亭の内装は和風で扉も全て障子で、当然かなり広い。
鈴仙の部屋の扉の前にまで来ても、決心はつかなかった。
私はそっと部屋の障子を少しだけ開けて中の様子を見ることにした。
中の様子は、鈴仙は布団に横になり天井を見上げていた。
天井を見上げた目は一点だけを見つめ瞬きする事なくただ天井を見つめていた。
何か考え事をしているのだろうか、
もしかしたら、私への怒りで鈴仙の胸は一杯なのだろうか。
そう思うととても話しかけずらい雰囲気だった。
そのまま障子を閉じようとすると、誰かが私の肩をそっと叩いた。
 
「し、師匠?」
 
後ろには師匠こと永淋がいた。
師匠は続けてこう話す。
「てい、鈴仙なら大丈夫よ。私が薬を作っておいたから、明日には完治するはずよ。」
師匠は頼もしくそう言った。
師匠の能力は様々な薬を作る能力。
様々な薬が作れるので、不死の薬(蓬莱の薬)、惚れ薬なども作れるのだ。
 
「鈴仙は永遠亭にいなきゃいけない人材だし、鈴仙には今日も働いてもらったし、
花瓶もそのうちの一つだったし、何より鈴仙には雑用だから休んでもらうわけにはいかないのよね」
 
その言葉に私は少々苦笑いした。
 
 
 
つづく
 
(3)
 
「師匠、私鈴仙に悪戯しちゃって、謝りたいと思うのに謝れないのどうすれば良いのかな?」
 
私は素直に師匠にこう尋ねた。
 
「素直に謝れば良いと思うわ。」
 
「でも…….鈴仙すごく怒っているかも」
 
私は俯くと師匠はニコリと微笑んで、私の頭を撫でてこう言った。
 
「ならてゐ。どうしてあなたは鈴仙に悪戯したの?」
 
そう質問されると、私は何も言えずまた俯いてしまった。
 
「自分の気持ちに素直になりなさい、そうすれば分かるから」
 
私の気持ちを素直に
そう思うと私はある事を思い出した。
それは、私が悪戯を決行する前の事をふと思い出した。
 
 
 
「鈴仙!遊びにいかない♪」
 
私は元気よく障子を開けて、鈴仙を遊びに誘った。
すると、鈴仙は少しだけ残念そうな顔をしてこう言った。
 
「ごめんね、私これから出かけなければならないの」
 
そう言って私の頭を撫でてそのまま部屋を出ていってしまった。
 
 
 
その時私は寂しかったのだ。
寂しいからこそ、かまって欲しくて悪戯をしたのだ。
このまま鈴仙と仲直りができないのは嫌だ。
だって、私は鈴仙のことが大好きだから。
 
「謝りにいかないと!師匠有り難うございました」
 
そう言うと安心して師匠はそのままゆっくりと去っていった。
私は堂々と障子を開けた。
天井を見上げていた鈴仙の視線がこちらに向く。
狂気の目と呼ばれた紅い目は真っ直ぐと私に突き刺さるように視線を向けていた。
鈴仙は謝っても許してくれるかどうかは分からない。
だけど、私の気持ちを分かって欲しい。
私は鈴仙と仲直りしたいその思いの方が恐怖より強かった。
私はゆっくりと語り始めた。
 
「ごめんね、鈴仙………軽い悪戯のつもりだったのにこんな事になっちゃって、
 本当にごめんね、その……私の事許してくれる?」
 
そう私が言うとしばらく沈黙の時が流れた。
やっぱり、鈴仙は怒っているのだろうか。
私の気持ちを分かってくれないんじゃないのか。
そう言う考えが頭をグルグル回った。
しばらくすると、鈴仙の口が開いた。
 
「もう怒ってないよ、てい」
 
そう言ってニコリと笑い私の頭を撫でた。
その瞬間私の胸は喜びで一杯になった。
 
「もう悪戯しないでね、てい」
 
「うん!」
 
私はうなずいた。
 
 
その数日後竹林。
ゴーーンと言う大きくて鈍い音が聞こえた。
私は懲りもせず鈴仙の頭上にタライを落とした。
 
「こら!てゐ!また悪戯したわね!!」
 
タライが当たった頭を手で押さえて、鈴仙は怒る。
 
「捕まえられるものなら捕まえてみなさい♪」
 
そう言って私は素早く逃げた。
 
「こらー!待ちなさいてゐ」
 
私のすぐ後ろから鈴仙が追いかけてきた。
やっぱり数日前の約束は守れなかった。
だけどこれがやっぱり私なりの愛情表現なんだ。
嘘つきで懲りない私だけど、
 
これからも宜しくね。
 
 
 
 
 
おわり